主婦ごりらの絵日記

30代主婦|副業・子育て・夫婦のことを絵日記で描いてます。

「死ぬなら家族の側がいい」と道路に飛び出しそうになった気持ちを飲み込んだ日

今週のお題「おかあさん」

初めてのお題参加です。

やり方はこれで合ってるかな?

なんかタイトルが物騒ですが(苦笑)

そこまで重い話ではないです。ご安心を。

私の高校時代に印象に残っている母との思い出を書いてみたいと思います。

  

1.コミュ障で友達ができなかった頃

私は実家から車で2~3時間ほど離れている高校に進学しました。学校の近くに母方の親戚がいたので、3年間居候させてもらっていました。

 

当時の私はコミュ障で(今もだけど)、新しい環境やクラスメイトになじめず、毎日毎日学校に行くことが苦痛でした。思い切ってクラスメイトに話しかけてみても、立ち去られることもありました。(たぶん負のオーラがぷんぷんしてたんでしょうねぇ・・・そりゃそんな奴と話す気になれんわ)

 

また、同じ中学校出身の友人(仮にA子とします)もこの高校に進学したのですが、そのA子はすぐになじんでたくさんの友人に囲まれ楽しく高校生活を送っていました。それを横で見るのが一番きつかったです。何で私はそういう風になれないんだろうと嫉妬し、自己嫌悪になる毎日でした。

 

 

2.毎週往復5時間の道のりを送迎してくれた母

週末は学校がお休みなので、地元に帰っていました。

最初はA子の親御さんと私の両親と交代で送迎をしていましたが、途中からA子は週末も学校の仲間たちと遊ぶようになり、私だけが地元に帰ることも多くなりました。

でも私はほっとしてたと思います。A子と一緒にいるのも辛くなっていたからです。

 

母は毎週、往復5時間の道のりを車で走ってくれました。

母も仕事をしていてとても忙しい人でしたが、それでも毎週迎えに来てくれました。

ある日、いつものように車で母と話しながら、私が「毎週遠くまで大変だよね」というような事を母に聞いたんだと思います。うろ覚えですが。

すると、母が「音楽聴きながらドライブできて、私も楽しいの!気分転換になってるのよ」と答えました。

半分本心だと思いますが、半分は私を想ってそう言ってくれたんだと思います。

 

 

3.道路を走るトラックの前に飛び出しそうになった日

私は徒歩で登校していました。

ある日いつものように歩いていたのですが、前から走ってくるトラックが見えた時、一瞬「今ここで道路に飛び出せば、学校に行かなくてすむかな」という気持ちがフッと頭をよぎりました。

 

 

 

でもその瞬間、「死ぬなら家族の側がいい」という気持ちで胸がいっぱいになりました。

 

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結局なにもせず、泣きならが歩きました。

 

 

今考えるとそんなバナナって感じですが。(古)

あの頃の私は学校生活が人生の大半を占めていて、視野が極端に狭かったのでそんなアホなことを考えちゃったのだと思います。

 

でもその時に思いました。

物理的には離れていても、いつでも側にいてくれる人が自分にはいるんだからと。

 

 

4.その後

その後いろいろありまして、徐々に私も学校に慣れてきて、少ないですが友達もできました。担任の先生や、クラスメイトや、居候させてくれた親戚や、支えてくれた家族のおかげで楽しく高校生活を過ごすことができました。

 

今わたしも子どもを生み、母親という立場になったせいか、父や母がしてくれたことをよく思い出すようになりました。嬉しかったこともあり、悲しかったこともあり。父も母も不器用で抜けているところもたくさんありますが、一生懸命わたしたち兄弟を育ててくれました。

 

面と向かってはなかなか言えないけど、いつもありがとう。

あなたたちの優しさのおかげで、いま生きています。